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広島高等裁判所松江支部 昭和46年(ネ)26号 判決

控訴人

雲南信用金庫訴訟承継人

しまね信用金庫

右代表者

松尾光義

右訴訟代理人

原良男

被控訴人

森定与平

右訴訟代理人

松永和重

主文

本件控訴を棄却する。

原判決主文第二項は訴の交換的変更によつて失効した。

控訴人は、被控訴人に対し、金二八五万四五一四円を支払え。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求(当審において変更追加された請求を含む。)を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、訴の一部を交換的に変更して、主文と同旨の判決を求めた。

二、当事者双方の主張は、次のとおり付加・変更するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決二枚目表八行目に「昭和三四年四月二三日」とあるのを「昭和三五年四月二三日」と、同三枚目裏一一行目に「登起」とあるのを「登記」と、原判決別紙目録三行目に「堤尻」とあるのを「堤尻」と、それぞれ訂正する。)。

(一)  被控訴代理人は、当審において、原判決事実摘示の請求原因(六)にかえて、次のとおり述べた。

(1)  藤原幸一(以下単に「幸一」ということがある。)は、雲南信用金庫に対し、昭和三七年三月二七日から同四六年二月一五目までの間に別紙弁済一覧表記載のとおり本件準消費貸借債務のうち元金二〇〇万円およびこれに対する利息一四二万六三四五円合計金三四二万六三四五円を弁済し、同金庫は同年三月二日までに本件抵当権設定登記をすべて抹消した。

(2)  幸一の雲南信用金庫に対する右弁済は、幸一が本件抵当権を消滅させる必要上被控訴人ら一般債権者の債権に優先して弁済されたもので、そのことは後記(イ)(ロ)のような事情からも明らかである。したがつて、本件抵当権設定行為が詐害行為として取り消されるにおいては、右金三四二万六三四五円の支払は法律上の原因なきに帰し、同金庫は幸一に対しこれを不当利得として返還する義務を有することとなる。このような場合には、弁済により抵当権設定登記が抹消された後であつても、当該抵当権設定契約を詐害行為として取り消すことができ、詐害行為取消債権者は、右抵当権設定契約を取り消したうえ、自己の債権額の範囲内において右弁済金の返還を請求することができるものと解すべきである。

(イ) 松江地方裁判所は、本件抵当権の目的不動産について、被控訴人の申立により、昭和三八年四月一〇日強制競売開始決定をしたが、右不動産については本件抵当権設定登記があり、右不動産の最低競売価額一七〇万円では優先順位にある雲南信用金庫の右債権および手続の費用を弁済して剰余の生ずる見込みがないとして昭和四二年六月二日右強制競売開始決定を取り消した。

(ロ) 本件不動産は昭和四二年五月三〇日藤原幸一からその妻カツヨに対し農地法三条の許可を条件として売り渡され、同年八月三〇日右条件が成就し、同年九月一四日所有権移転登記を経た。

(3)  被控訴人は、昭和三八年三月八日、松江地方裁判所昭和三八年(ル)第一八号、同年(ヲ)第一六号債権差押、転付命令による転付金により、幸一に対する損害賠償請求債権のうち同年三月五日までの遅延損害金全部と元本内金三〇万四三二八円、同年三月二七日元本内金一四万一〇四〇円につき弁済を受けたので、被控訴人の幸一に対する残債権は元金二八五万四五一四円となつた。

(4)  控訴人は、昭和四六年一〇月一日、雲南信用金庫と松江信用金庫とが合併したものである。

(5)  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、詐害行為取消権に基づいて、原判決主文第一項記載どおりの抵当権設定契約の取消および金二八五万四五一四円の支払を求める。

(二)  控訴代理人は、当審において次のとおり述べた。

(1)  被控訴人の右主張事実中(1)、(3)、(4)は認め、(2)につき前文は争い、(イ)は認め、(ロ)は登記のみ認めるが、その余は知らない。

(2)  被控訴人が主張する幸一の雲南信用金庫に対する弁済は、本件抵当権とは関係なく、債務者の当然の義務としてなされたものであり、また、抵当権設定登記の抹消は債務の完済に基づく抵当権者の当然の義務として行なつたものであるから、本件抵当権設定契約が詐害行為になるとしても、右弁済は不当利得ではない。

(3)  なお、本件不動産は全部、本件抵当権設定当時登記簿上幸一の所有名義となつていたが、実際には幸一は昭和三二年七月一〇日同人の母タカ、妻カツヨ、長男勇雄に贈与し、本件不動産の所有権は右三名に移転していたもので、本件抵当権の実質的な設定者は幸一ではなく右三名であるから、これが他の債権者の債権を害することにはならないはずである。

(4)  被控訴人主張のとおり本件抵当権は被担保債権全額の弁済によつて消滅し、その登記も抹消され、いずれも現に存在しないのであるから、本件抵当権設定契約の取消を求める被控訴人の請求は棄却されるべきである。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一〈証拠〉によると、被控訴人は、昭和三三年一二月三一日に共立産業株式会社から買い受けた島根県仁多郡横田町大字中村字鳶ケサコ二一五六番地内二〇山林の立木を昭和三四年一月二九日から伐採していたところ、これに対し藤原幸一から同年二月七日に山林立入、立木伐採、伐倒木搬出等禁止の仮処分の執行を違法に受け、さらにその後不法に右立木を伐採され、伐倒木とともに搬出されたこと等により三二九万九八八二円の損害を蒙り、遅くとも昭和三五年四月二三日には幸一に対し同額の損害賠償請求債権を有していたこと、被控訴人は、幸一に対し、右の損害賠償を求める訴(松江地方裁判所昭和三五年(ワ)第三二号損害賠償請求事件)を提起し、昭和三八年二月二一日、同裁判所において、幸一は被控訴人に対し金三二九万九八八二円および内金三五万円に対する昭和三五年一月九日から、内金二九四万九八八二円に対する同年四月二四日からいずれも支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払うべき旨の判決と、これにつき金一〇〇万円の担保を条件とする仮執行の宣言を得たこと、幸一は右判決に対し控訴・上告したが、昭和四三年五月二四日最高裁判所の上告棄却の判決により松江地裁の右判決は確定したことが明らかであり、被控訴人が昭和三八年三月八日、松江地方裁判所昭和三八年(ル)第一八号、同年(ヲ)第一六号債権差押、転付命令を得て、幸一に対する前記損害賠償債権のうち同年三月五日までの遅延損害金全部と元本内金三〇万四三二八円、同年三月二七日元本内金一四万一〇四〇円の各弁済を受け、残債権が元金二八五万四五一四円となつたことは、被控訴人の自認するところである。

二雲南信用金庫と幸一との間において、本件準消費貸借契約に基づく控訴人の債権を担保するため、本件抵当権設定契約を締結したこと、およびこれに基づいて松江地方法務局横田出張所昭和三八年三月五日受付第二三〇号をもつて本件不動産につき、原因を昭和三七年三月二七日金銭消費貸借、同日抵当権設定契約とする抵当権設定登記が経由されたこと、控訴人が被控訴人主張のとおり幸一から本件準消費貸借の元利金につき弁済を受け、本件抵当権設定登記を抹消したこと、そして、控訴人は昭和四六年一〇月一日雲南信用金庫と松江信用金庫とが合併して設立されたものであること(以下単に「控訴人」と表示するのは、右合併前については雲南信用金庫を指称するものとする。)、以上の各事実は当事者間に争いがないところ、〈証拠〉を総合すれば、本件抵当権設定契約締結の日は、昭和三八年三月三日と認めるのが相当である。

三前記一、二の事実と、〈証拠〉を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち、幸一は木材業を営んでいたところ、前記被控訴人が買い受けた立木と同一の立木をその前所有者から買い受ける資金として昭和三三年一二月二〇日頃控訴人から金二七四万三〇〇〇円の手形貸付を受けたが、その後右立木の所有権につき被控訴人との間で争いが生じ、営業不振となつて右借受金につき元本および遅延利息とも一部しか弁済できないでいるうち、昭和三七年三月二七日控訴人の業務上の都合からその残債務を目的として本件準消費貸借契約を締結して、実質的には旧債務の弁済の猶予を受けるに至つたこと、幸一は、昭和三七年八、九月頃には倒産状態となつて、その頃以後本件不動産のほかにはほとんど積極財産がないこと、幸一は、昭和三五年に被控訴人から前記損害賠償請求の訴を提起されていたところ、昭和三八年二月二一日、松江地方裁判所において、前記のような損害賠償の支払を命ずる仮執行宣言付判決を受けたこと、控訴人は、昭和三八年三月六日に、その横田支店において、被控訴人から松江地裁の右判決があつたことを知らされたのであるが、その以前から右訴訟の係属を知つていたことはもとより、控訴人の横田支店長であつた景山洋がその事件の証人として取調を受けており、そのような機会に同人は幸一から被控訴人との右訴訟には必ず勝訴するからこれによつて控訴人に迷惑をかけることはないなどと聞かされていたこと、控訴人は、本件準消費貸借契約に基づく債権につき、当初は連帯保証人による人的保証のみで、物的担保の供与を受けていなかつたが、その後の幸一の営業不振からその債権を保全するため物的担保の必要を強く感じ(本件準消費貸借契約締結前の昭和三五年頃から旧債務につき物的担保の提供を求めてはいたが、その都度立ち消えになつていた。)、昭和三七年暮頃からこれを幸一に強く要求し、同人はこれにもなかなか応じようとしなかつたが、昭和三八年三月三日にようやく本件抵当権設定契約を締結し、前記のとおりその登記を経るに至つたこと、その頃の本件不動産の価額は二〇〇万円を超えない程度のものでしかなかつたこと、以上の各事実を認めることができる。

右のような事実関係によれば、幸一は、被控訴人の前記損害賠償請求債権を害することを知りながら、控訴人のため本件抵当権設定契約を締結してその登記を経たこと、およびこれによつて被控訴人が右債権の弁済を受けられなくなつたことが明らかである。また、受益者たる控訴人において、本件抵当権の設定が被控訴人の右損害賠償請求債権を害すべきことについて善意であつたことは〈証拠〉によつてもこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

四控訴人は、本件各不動産は全部昭和三二年七月一〇日藤原タカ、カツヨ、勇雄らに贈与され、本件抵当権設定当時幸一の所有ではなかつたと主張する。しかし、本件各不動産が農地であることは控訴人の自陳するところであり、右贈与につき本件抵当権設定の時までに知事の許可があつたことについては主張・立証がない(〈証拠〉によれば、本件各不動産については昭和四二年以降に至つて幸一からカツヨへの所有権移転登記がなされていることが明らかである。)ので、右贈与はこれによつて所有権移転の効果を生ずるに由なく、なんら被控訴人の詐害行為取消権発生の妨げとなるべきものではない。

五ところで、本件抵当権がその被担保債権の弁済によつて消滅したことは、前記のとおりであるので、このような場合にもなお抵当権設定契約が詐害行為取消権の対象となるかどうかについて検討するに、抵当権がその実行により消滅した場合であつても、その抵当権の設定が詐害行為である場合には、その抵当権の実行によつて抵当権者に優先的に弁済を得させるのは民法四二四条の趣旨に反することになり、抵当権者をして右の不当な利得を保有せしめないためには、その前提として当該抵当権の設定を取り消してこれを無効に帰せしめる必要があるので、この場合にも抵当権の設定によつて害された債権者は、その抵当権設定につき詐害行為取消権を失わないと解すべきところ(大審院大正七年(オ)第七九八号同年一〇月二九日判決、民録二四輯二〇七九頁)、任意の弁済によつて抵当権が消滅した場合であつても、その抵当権設定登記がなされており、これが弁済によつて抹消されているようなときは、特段の事情がない限り、当該抵当権者に対する弁済は、その抵当権の存在の故に一般債権者に優先してなされたものと解すべきであり、他の債権者との関係では、その利得を保有させることの不当なことは、抵当権が実行された場合と異ならないから、この場合にも抵当権の設定によつて害された債権者はその詐害行為取消権を失わないと解するのが相当である(抵当債権者が一部の弁済を受けた代りに抵当権を放棄しても、抵当権設定行為につき詐害行為取消権は消滅しないとした大審院大正八年(オ)第五七七号同年一〇月二八日判決、民録二五輯一九〇八頁、詐害の意思をもつてなした抵当権設定は、弁済による抵当権消滅後でも取消を求めうるとした東京控訴院大正九年(ネ)第二七八号同一〇年二月七日判決、法律学説判例評論全集九巻民法一四〇四頁参照)。控訴人が幸一から本件抵当権の被担保債権の全額について弁済を受け、当該抵当権設定登記を抹消しているのに対して、被控訴人が幸一からその債権のほとんどにつき弁済を受けていないこと弁論の全趣旨によつて明らかであるところ、前記特段の事情に該当すると認めるに足りる事情につき主張・立証のない本件においても、被控訴人は、本件抵当権が幸一の控訴人に対する弁済により消滅したことによつて、その詐害行為取消権を失わないというべきである。

六そうすると、詐害行為取消権に基づいて本件抵当権設定契約の取消を求める被控訴人の請求は正当で、これを認容した原判決は相当であり、右取消権行使の結果、本件抵当権によつて控訴人が幸一から優先的に得たと解される弁済金は法律上の原因を欠くこととなり、控訴人はこれを幸一に返還すべきものであるところ、右の返還義務は被控訴人の詐害行為取消権行使の結果によるものであり、詐害行為取消権行使の効果はその取消債権者に直接帰属すると解すべきものであるから、控訴人は、被控訴人に対しその債権額の範囲内で、幸一からの前記弁済金を返還する義務があり、被控訴人が当審において原判決主文第二項の請求にかえて控訴人に対し金二八五万四五一四円の支払を求める追加請求も理由がある。

よつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却するが、原判決主文第二項は訴の交換的変更により失効したことを明らかにし、当審において追加された被控訴人の新請求を認容することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(干場義秋 加茂紀久男 小川英明)

弁済一覧表 〈省略〉

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